プロフィール

とぅーとさわん とは、タイ語で天使という意味です。
なぜ、この名前にしたかというと、単純に赤ちゃんがみんな天使、という意味からです。わたし自身、天使が好きということもあります。また赤ちゃんが大好きです。

 
その天使を生む女性、お母さんになる、またはなった方へ、最高のおもてなしをしたい、という理由があります。

 
わたしの敬愛する母の話をしますね。
少しだけお付き合いください。
母は非常に厳しかったです。
若い頃のわたしは、それはそれはことありごとに反発してました。

 
いま思えば、母は厳しいですが、非常に愛情が深く、優しく、我慢強い人だったのでしょう。
環境は福島県の11人兄弟の末娘。
第一次ベビーブームにうまれた母の家は非常に貧しかったようです。
その上、働き手であるわたしにとっては祖父も五臓六腑がわるかったらしく、物心つく前に死去してしまいました。

 
そのなかで、当時の母の家はわたしの祖母が家長となり、切り盛りをしなければいけばかったのです。
11人といっても、戦後直後のこと。
事故や病気でなくなったり、と幼いうちに母の兄弟にはいました。
結果、農家である母の家は、女手が必要となり、幼い頃から小学校を休んだりして、農業を手伝っていたようでした。

 
その母が培われた経験がわたしを苦労させまい、恥をかかせまい、と厳しく育てたのでしょう。
弱音を子供たちの前で見せたのは、後にも先にもガンを患っていた短い期間だけです。
その母は、我慢強かったために、更年期障害に悩み、はてにはガンをなってしまったのだでしょう。

 
あとから聞いたら、
ホットフラッシュ、
耳鳴り、
めまい、
鬱状態など。

 
いまでこそ更年期障害だとわかりますが、当時はあちこちの病院にいっても原因不明とされていました。
また、極度に冷え性、さらにはヘルニアも患っていたようです。
そんな母が末期ガンになったときのショックはいまでも忘れません。
苦労した上での壮絶な最後を見て、母の人生はなんだったのだろうか、という虚無感もとても大きかったです。
もっと生きてほしかった。
いまでも正直思います。

 
そんなわたしも介護疲れによる重度のストレスなどで、持病のクローン病が悪化。
生理も一年止ました。
それ以前にいきる気力をなくし、毎日悲嘆にくれ、生き地獄のようだと感じるくらい苦しく、悲しみ以外の一切の感情を忘れるくらいに重い鬱病も患いました。
そんなわたしを支えてくれたのは多くの女性たちでした。

 
赤の他人のわたしのために献身的に世話をしてくれ、ときには叱責をし、ときには励まし、ときには一緒に泣いてくれました。
いまのわたしがいるのも、彼女たちのお陰です。
敬愛すべき母をはじめとする女性たちへ、せめてもの恩返しがしたい!頑張るお母さんたちを応援したいと。

 
その多くのかたたちの悩みは、根本は婦人科疾患がある、という事実。
また、妊娠・出産という時期がターニングポイントである、と勉強していってわかってきたこと。
それらを踏まえ、妊娠時に逆子、早期分娩等のトラブルが多いことをしり、マタニティケアを学び、タイ古式で学ぶうちに伝統医療として母親に火で温めるという産後ケアをする、というユーファイを知りました。

 
《多くの悩める母となる、または産後も生涯元気にすごしてもらう!》
これがわたしの生き甲斐であり、当サロンのコンセプトです

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